遠き夏の日、その頃の僕はまだ幼かった。

庭先に座り込む僕。傍らにはカブトムシのオスとメスが入った虫カゴを置いていた。家庭の事情で犬や猫を飼うことが出来なかった僕は、その虫カゴをとても大事にしていた。

ふと、カブトムシのメスを取り出し手の平の上に載せた僕は、まるで犬や猫に話し掛ける飼い主かの如く、話し掛けた。当然、意志の疎通などは皆無なのだが僕はそれだけで充分、満足していた。

そろそろ虫カゴに戻してあげようとカブトムシのメスをそっと掴む。しかし、カブトムシのメスの爪は僕の手にしっかりと食い込み、取れない。こともあろうか僕の腕を登り出すカブトムシのメス。しっかりと僕の腕にその爪を食い込ませ、序々に僕の顔へと近付いて来る。僕はこの上ない恐怖を覚え、泣き叫んだ。

我が子の異変に気づいた母が駆けつけた時には、カブトムシのメスはすでに僕の首筋まで達していた。母は慌てて力任せにカブトムシのメスを取り除き、そして痛みと恐怖に泣き続ける僕にこう言った。


「怖かったかい?あんたが思っている以上に女は強いんだからねっ!」


その日から僕の女性恐怖症は始まった気がする。